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組む柔道 組まない柔道

 投稿者:おやじ  投稿日:2009年12月 2日(水)21時33分12秒
   ネットで柔道関連のサイトやブログを閲覧すると、大概話題になっていることがある。
 それは「外国人選手は組まないで足ばかり狙っている。あれは正しい柔道とはいえない」「JUDOはもはや柔道ではない。あれはジャケットレスリングだ」と、いった主旨の内容である。

「組む柔道」が正しいのか?「組まない柔道」邪道なのか?
そもそもルールに反則していない限りにおいて、正しいとか、正しくないとか、という議論が成り立つのか?
 そのへんについて、私も考えてみた。

 結論から先に言うと、「組まない柔道」大賛成!である。

 その理由について、私の実体験から感じた、「武道としての柔道」と、「生涯スポーツとしての柔道」という二つの側面から、論じてみたい。

 「柔道は武道である」この意見に異議を唱える人は少ないであろう。柔道はまさしく、日本が生んだ、世界に誇れる武道のひとつであることは異論を待たない。
 では武道とは何か?
 これには各論さまざまではあろうが、つまるところは「己の命を守るために、敵の攻撃力を無力化する身体技術」これにつきるであろう。
 私は柔道と並行して、スポーツチャンバラを修練している。
これは空気で膨らませた模擬刀で、互いに打ち合うスポーツであるが、剣道と違う点は、身体のどの部分であろうと、少しでも当てられれば「一本」ということだ。
模擬刀が、もし本物の刃物であったら・・・と考えると、非常に実戦的な「武道」であると、私は捉えている。

 スポーツチャンバラで、相手と向かい合っているときに、
「柔道だったら、この相手とどう戦う?」
と、考えることがたまにある。
組む柔道?・・・・絶対に無理である。
簡単に斬られてしまう。
間合いを十分に取って、相手の隙を見て、一瞬で入り身して、刀を持つ手をつかむ。そして投げる・・・というのが、まずは順当な戦い方であろう。
 次に、街中で暴漢に遭遇した場合を考えてみる。
相手は刃物こそ持っていないものの、どういった手でこちらを倒そうとしているのか皆目見当がつかない・・・空手?中国拳法?
合気道?テコンドー?ボクシング?・・・こちらから組みに行くのは非常に危険だ。
幸いにも(?)、相手も柔道だったとしよう。しかし相手が高段者で、
実力もこちらよりもはるかに上だったら?
・・・組みに行くのは自殺行為である。

 今度は「生涯スポーツとしての柔道」の観点から考えてみたい。
 私は中学のときに柔道をしていただけであるが、昨年思うところあって
再開した。実に三十年以上のブランクである。
 地元の中学生と乱取りをしたのだが、その運動量たるや、半端なものではなかった。
スポーツチャンバラを先に修練していて、体力にはいささか自信があったつもりだが、甘かった。
私の左肩の腱は断裂し、一ヶ月は痛みで眠れぬ夜を過ごし、3ヶ月は左腕が上がらなかった。一年たった今、ようやく痛みはなくなったが、左腕は完全には上がらない。医者によれば、腱をつなぐ手術が必要だそうだ。
 肩の外にも、足首の捻挫で三ヶ月走れなくなり、次は腰骨にひびが入ってまた三ヶ月柔道が出来なくなってしまった。

 これらのケガは、私の身体の老化のせいもあろうが、実際は「組む柔道」の弊害である。
 組む柔道は、肩の負担が非常に重い。加えて組み手で踏ん張る相手を崩して投げるには、余分な力が加わり、勢いあまって、投げが非常に荒くなりやすい。
「このまま柔道を続けていたら、そのうち身障者になってしまう・・・」
と、いうのが、私の偽らざる本音である。
何のための柔道なのか?まさしく本末転倒である。

 さて、「武道としての柔道」「生涯スポーツとしての柔道」の二つの観点から、私の持論を述べさせてもらったが、「組まない柔道」
を実践する試みを、私は少しずつ始めている。少しずつというのは、
私の戦法が、一般の方法と、少々かけ離れていて、ちょと気兼ねするからである。しかし、効果は結構あると思う。

 具体的な戦法はここでは紹介しないが、例えて言うなら、
初代タイガーマスクと、舞の海と、藤原喜明と、カムイ外伝と、
ブルース・リーと、三船久蔵十段を合わせたようなスタイルかと・・・
・・・よけいわからない?(笑)
 

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